みかにっき

ただの僕の日記です。

自己中心的弔い

祖母が死んだ。

先月のことだ。

 

母から1件のLINEが来た。

「先程、トキ子(仮)が亡くなりました。」

こんな時でも義母を呼び捨てにするなよ、と突っ込みたくなった。

それがこのメッセージを見た感想だった。

 

僕は「そうなんだ、葬式行く必要ある?」と返すと、

「叔母さん(東京住)は来ないらしいから来なくていいよ」

と返ってきた。

僕はそれを見て「どんだけ人望無いんだよw」と思った。

人ひとりが死んでいるのに、心の中で草を生やした。

単芝生やしてんじゃねーよ。

母から「コロナが心配だからね」と追記がきて、あぁ人望のせいじゃないのか…と思ったが。

 

ここまで読んでお分かりだと思うが、僕は彼女の死に何の感情も抱かなかった。

本当に「そうなんだ」としか思わなかった。

そして、「こんなこと思ってたらお化けになって呪われちゃうかもな」と思った。

 

思ったので、少し彼女のことを思い出すことにした。

 

そもそも、僕が彼女と会話をした内容はほとんど覚えていない。14歳くらいまで同居していたはずなのに。

でも、ただ1つだけ、記憶に残っていることがある。

 

祖母と父は、よく怒鳴り合いの喧嘩をしていた。

そんなある日の昼。父親がいない隙を見つけて、僕は祖母にこう言った。

「おばあちゃん、もう父ちゃんと喧嘩するのやめてよ。どうして言い返しちゃうの。黙っててくれないの。」

その当時のことはあまりよく覚えていないが、こんなことを言うくらいだからきっと精神的に参っていたのだろう。

祖母は声を荒げてこう返した。

「何馬鹿なこと言ってんだよ。あたしが警察にいったらね、あんたのお父さん、仕事無くなっちゃうんだからね。警察に行かないだけ感謝しなさいよ!」

まぁ確かに、高校教師が老人を殴ったとなれば、問題になるかもしれない。

祖母の顔面にできた大きな青あざを見ながら、僕はそう思った。

そして、父親はキレるとどうしようもなくなるから、本当に警察にどうにかされるんじゃないかと思ってしまった。

僕は泣いた。

「おばあちゃんごめんね、ありがとう…」

心の底から、祖母に感謝した。その時は。

 

翌日冷静になって考えてみると、やっぱりおかしい。

お前が悪いことすっからいけねーんだろと思った。

昔から人に言いくるめられがちな心奏少年である。

 

ともかく、僕が彼女と会話した唯一の記憶は、これだ。

 

他の事象は「事実」として、僕の記憶に刻まれている。

 

全ての家事をやってくれていた母の悪口(全部嘘)を、町内に言いふらしていたこと。

糖尿病の祖母の為に、母が毎日ご飯を計量し、健康に気を遣ったご飯を出していたこと。

にもかかわらず、隠れてお菓子を食べていたこと。

母が毎夜毎夜泣いていたこと(これは僕が学校の成績が悪かったからってのもある。ごめん。)。

母があまりのストレスで過呼吸になり、救急隊員がうちに来たこと。

父親がかなりの頻度で祖母と口喧嘩をしていたこと。

父親から聞く数々の祖母への悪口。

 

そしてある日、祖母を家から追い出したこと。

 

 

数々の事実が頭を駆け巡った。

 

もう10年近く前のことで、いまさら彼女に強い憎しみを感じたわけではなかった。

逆に、やはり、何も感じなかった。

 

ただ、今思えば、「何も感じない自分」に違和感を覚えていたのかもしれない。

気持ちの整理の為だろうか、僕はたまに祖母についてつぶやいたりした(ツイ廃)。

 

全ては終わったことで、

家族全員が祖母を嫌いで、

祖母は家から追い出されて、

そして祖母は死んだ。

 

ただそれだけのことだった。

 

 

――1週間ほど経って、妹から

「トキ子、骨になったよ」

と、連絡がきた。

僕が「お父さん泣いてた?」と聞くと、

「泣いてたよ」と妹は返した。

 

泣いたんだ。

僕はとても驚いた。

 

どうして泣くんだろう。

あんなに言い争ってたのに。

あんなに昔の悪口言ってたのに。

家から追い出したのに。

 

みんな、あの人のこと、嫌いなんじゃなかったの?

あの人だって、僕らのこと、嫌いなんじゃなかったの?

 

 

 

――さらに、祖母の死から1ヶ月が経った。

母から、「トキ子がね……」と、メッセージが入っていた。

(あぁ、トキ子が借金でも作ってて返済が大変なんだろうな)

直感的に僕はそう思った(悪徳業者に騙されて布団を5枚ぐらい買わされてた前科があるので)。

 

でも、逆だった。

 

母からのメッセージの内容はこうだった。

「祖母は積立貯金をしていた。

エンディングノートに「貯金は孫4人に分けてやってくれ」と書いてあったから、お前の口座に振り込んでおいた。」

 

僕はまたまた驚いた。

祖母が貯金をしていたこともそうだが、一番驚いたのはそこではない。

 

どうして僕たちのことを気にかけてくれたんだ?

 

僕は確かに祖母が嫌いだった。

僕の家族もみな、祖母のことが嫌いだった。

そして祖母も、僕たちのことが嫌いなんだと思っていた。

 

彼女がどうやって生計を立てていたのか、僕は知らない。

生活保護を受けさせる予定だとか、昔は自転車に乗って新聞配達をしていたからきっとそうするだろうとか、そんな断片的な情報しか知らない。

でも、けして裕福ではなかったはずだ。

それに田舎出身で頭も良くない。

なのにちゃんと信金に積立を申し込んで、4人で分けても2桁万円になるぐらいの貯金をしてくれていた。

こう言っては悪いが、先のない老人の貯金だ。

もしかしたらきっと、最初から、僕たち孫に残すために……。

 

とにかく、祖母は、少なくとも孫は嫌いではなかったのかもしれない。

どういう意図で、どういう感情で「4人の孫に」と言ってくれたのかは、もう知る由もない。

だけど、少なくとも、僕たち孫は彼女にとっては「悪」ではなかったのだろう。

大げさに推測すれば、

夫に先立たれ、娘と息子から見放された彼女にとって、僕たち孫の存在は、彼女の中で唯一の希望だったのではないかと―――。

そんな烏滸がましい推測までしてしまう。

 

驚きだ。

僕が彼女にとって「悪」ではないということももちろんそうだが、もっと大きな驚きがある。

何が驚きか。

それは、この記事を書いている今、初めて、彼女に対して涙しているということだ。

 

何の涙なのかは分からない。どういう感情なのかもわからない。

ただ、涙があふれて止まらない瞬間は確かにあった(今は無事止まりました)。

 

 

今は、彼女に一言、ごめんなさいと謝りたい。そんな気持ちになった。

 

 

 

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本当はこの後に、「おばあちゃんが死んだんだけどお金もらえた、貯金できてうれしい」みたいなラインを友人にしたら「普通に引く」って言われてしまい、

弔いの気持ちがないのは「人間として欠陥がある」のではないか?

悲しいという感情を持たなければ!と焦るものの、「欠陥人間だと思われたくないから悲しみたい とはずいぶん自己中心的弔いなのではないか?」と考えだしてしまう

という話をするつもりだったのですが(むしろこれが本題)、その必要がなくなってしまいました。

いやまぁ今悲しいかって言われたら全然そうじゃないんですけど…ごにゃごにゃ

 

でも、誰かが死んだときに「悲しい」って思う原因は、

「もうこの人に会えないんだ」とか、「もうこの人の料理は食べられないんだ」とか、随分、自己中心的なものじゃないですか?僕はそうです。

これも、僕が思った自己中心的弔いに入るとするなら。

悲しいと思っても思わなくても、僕はやっぱり欠陥のある人間なのかもしれません。

 

じゃあ相手のことを想った、「欠陥人間じゃない」弔い方って、いったい何なんでしょうか?

 

「あの人に○○を見せてあげたかった」「もっと旅行に連れていってあげたかった」とか、そういうやつでしょうか。

大切な人が死んだとき、僕、たぶんこんなこと思えないと思います。

僕のこと置いてかないでとか、もう喋れないんだとか、なんかそんなこと思いそうです。

 

やっぱり自分って自己中なんだな~っておもいました。

おわり。